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連チャンアレパチの登場
1991年の春頃であった。それまでのアレパチというジャンルの既成概念を
吹き飛ばす衝撃的なマシンが全国を席巻した。
アレキングと名付けられたその機械は、巧みなテーブル制御により
実質上天国モードと地獄モードを持ち、大当とハマリを演出していた。
中央にそびえるワシのヤクモノ。その下部に表示される小さな7セグに
一喜一憂したファンは数知れない。
それまでのアレパチといえば、いわゆる「一発台」の代わりにされていた機種が
多かった。特定の図柄が揃えばカイザーチューリップが開き、普段は入りにくいポケットへ玉が入るようになり、
後は右打ちしていれば定量まで一直線という機種が多く設置されていた。
代表的なものにはワイワイワイ(太陽電子)やシャトル21(藤商事)がある。
その後の法改正で新要件機となり、大当りは14ゲームまでとなってしまい、一発台でなくなってしまったアレパチは、その
存在意義を連チャン性に求めるようになった。少ない出玉でも連チャン性を持たせることにより、
結果的に一発台以上の出玉を得ることができるようになったのである。
この作戦は大当りした。連チャン性に魅了された中毒者が全国に続出し、アレキングや
スーパーアレパチ(太陽電子)のシマは大連チャンを夢見る大人達で一杯になった。大当たりに至る仕組みは違うものの、両機共通である大当りの前兆「3」を求めてコインサンドに硬貨を注ぎ込む光景が
あちこちで見られた。この3から7へという大当たりの流れは、後の名機ダイナマイト(大一商会)に引き継がれる事になる。
アレジン降臨!世の中は未曾有の連チャン機ブームになっていた。出る台出る台が何らかの連チャン性を持ち、それに伴いパチンコ産業は好景気の真っ只中にあった。そして連チャンアレパチを支持するファンに最終兵器が送り出された。アレキングの中央ヤクモノはラクダに変わり、ラウンド表示を行っていた3ケタデジタルはメインデジタルに役目を変え、拾いの悪かった2倍チューリップはデジパチのアタッカー並みの大きさに変わった。そして何より独特の効果音が人々を魅了した。いや、狂わせたといっても過言ではない。「ちゃらん、ちゃらん、ちゃらん、」というデジタル回転音、「ピュイッ」と鳴くリーチ音、「ター、タカタカー」という五臓六腑に染み渡る大当たりのファンファーレ、「ぴぴぴぴぴ」と中央ラクダが開き、真中のVゾーンに玉が吸い込まれ、「ぷっちょん、ぷっちょん、ぷっちょん、」と大当りが始まる。「ガーー」と2倍アタッカーが開く。。。。。。。そのすべてのプロセスに緊張感とエクスタシーをちりばめた珠玉の名機、そう、アレジンの登場である。アレジンの優れたゲーム性は、大当たり前に訪れるリーチの集中と強烈な連チャン性、一気呵成の出玉速度。。。。。数え上げればキリが無いが、これほどまでに人を魅了したのは、大当たりと表裏一体にあった「パンク」の恐怖と緊張感ではなかったか。まずラクダの真中に玉が入らないとパンク、大当り中にうっかりデジタルが回るとパンク確率アップ、右のGOチャッカーを玉が通らなかったり、2倍チャッカーに玉が入らないと出玉がロス、清算ボタンを押し間違えるとラウンドロス。。。。。人々は大当り後もこれらの恐怖と戦うことを強いられたのである。音に酔い、出玉に酔い、技術介入に酔う。。。。。すべてに非の付け所の無いモンスターマシンは、あっという間に全国のパチンコ店を席捲して行った。そして全国に中毒者が続出し、空台を探すのが困難な状況になった。アレジン全盛時代の幕開けである。
モーニングの存在アレジンのある店はどこもかしこも、開店前から異様な熱気に包まれていた。開店時刻になり、店員が扉を開くやいなやアレジンのシマには多数の廃人たちが殺到した。飛び交う怒声、コインサンドに硬貨を放り込み急いでデジタルを回す。「ピョッ」リーチ音のする方向へ熱い視線が向けられる。その理由は自然発生的モーニングが装備されていたからである。アレジンの大当たり判定方式は非常に変わっており、全部で8つの乱数ブロックが存在し、大当たりはそのうち1つのブロック(天国)でしか発生しない。他の7つのブロック(地獄)には少数のリーチ乱数があるが大当たり乱数はない。天国ブロックと地獄ブロックの移行はランダムに抽選され、デジタルが回るたびに天国への移行が期待できるのだが、酷い場合は折角移行した天国ブロックで一度も大当たり乱数を引かないまま、また地獄へ転落する場合もあった。朝イチの電源投入時には、8つあるブロックのどこから始まるか解らないので、結果8分の1で天国台にありつく事が出来た。そこで朝イチ出目である「731」を狙ってカニ歩きする攻略法が一般的になった。天国ブロックの判定法は一目瞭然。リーチの発生頻度が他のブロックに比べ非常に高いのである。10回転も回せばほとんど天国か地獄かの判断がついたのだ。これを逆に利用し、わざわざ「775」とか「331」といったリーチ目を出すまで台を打ち込み、全台リーチ目で開店する過激なお店も後を絶たなかった。逆に朝イチの自然発生モーニングを嫌い、電源を切らなかったり、モーニング排除の裏基盤を取り付ける極悪な店も少なくなかった。普通の営業をしていれば千客万来、非常に高い稼働率で安定した売り上げを出す機械であるため、アレジンの客が飛んでいる店=超ボッタクリの図式が良く当てはまった(爆) 小さな規模のお店などは、アレジンの売り上げだけで収益を得ていたと言っても過言ではない。 藤アレパチ軍団の隆盛全国のパチンコファンを攻略(爆)したアレジンに続けと、ライバルである太陽電子からはモダンタイムやアレパッチンシリーズ、パワフル、ちゃんこ等、大手SANKYOからもCRビッキーチャンスなど各社から連チャンアレパチが登場したが、いずれもファンの心を完全に掴むまでには至らなかった。逆に藤商事から後継機としてエキサイトやサンライズ、そしてアレンジマンが登場し、いずれも大人気を博したため、これらの連チャンアレパチを併設するお店も多かった。どのシマからも「ピュイ♪」「ぷっちょんぷっちょん」が鳴り響き、藤アレパチ軍団の緑色枠がホールを席巻した。通常時の賞球がほとんど期待できないベース0の機械なのだが、大連チャンを夢見て大枚をつぎ込むお客さんが続出。この時期にはデジパチや権利モノにも秀逸な連チャン機が多く存在していたため、パチンコの連チャン機ブームは全盛時代を迎えた。 連チャン時代の落日いつまでもこのような状況をお上が許すはずもなく、1995年の秋頃よりアレジンをはじめとするパチンコ連チャン機は「社会的不適合機」の汚名を着せられ、期間を決めて強制的に撤去される事になった。撤去対象になったのは所謂現金機ばかりであり、カード変造問題や「のめりこみ」による多重債務者の増加など問題を生んだ極悪CR機は何故か殆どその撤去対象にならなかった。ここに何か嫌な力を感じずにはいられない。世間の批判をかわす為に、名機たちが人身御供となってしまったのだ(泣)この頃よりホールではイエローキャンペーンなるくだらない自粛運動を強制され、ドル箱の山積みを禁止したり、過激な広告を自粛したりとパチンコ業界全体が暗黒時代に堕ちて行った。アレジンを失った中小店の経営は逼迫し、パチンコ業界全体が氷河時代を迎えたのだ。 |